~ジランちゃん一家の在留特別許可取得についての、新聞各社等の記事をご紹介します~
☆毎日新聞 ★産経新聞
☆アジア女性資料センター ★読売新聞(埼玉版)
2008年3月27日木曜日
勝利!~在留特別許可取得~(その2)
25日16時30分頃、ジランちゃん一家と弁護団は、東京高等裁判所の第2民事部に寺田逸郎裁判長を訪れ、在留特別許可取得の報告と、訴訟の取り下げ書の提出を行いました。寺田裁判長も喜んで、「事件を公平に見た結果です。」とのコメントがあったそうです。本当に、裁判長の判断が、このような結果をもたらすために大変に重い役割を果たしました。また、裁判長は、退席する際みんなの椅子をきちんと片付けたジランちゃんに感心し、「えらいね」と褒めていたということです。ジランちゃんによると、「だって私、クラスでも整頓係だから!」
17時からは、司法記者クラブにて、一家と弁護団へのマスコミによる記者会見が行われました。濱野弁護士より、在留特別許可について、1年ごとに更新でき永住権の取得にもつながるものであることや、生きていくために最も重要な国民健康保険への加入や、就労の権利が与えられることなどの説明がありました。また、さまざまな事情で祖国を離れざるをえず、来日し在留中のクルド人難民申請者が大勢いる中、わずか4人目の在留特別許可であり、家族がいるケースとしては初めてという、極めて異例の取得であったことも伝えられました。他の国籍保持者では、子どもがいる場合、人道的配慮から与えられるケースも年々増えてきてはいたが、学齢が小学生以下のケースはやはり非常に珍しいとのこと。色々な意味で、日本の難民政策史上、革新的な出来事だったのではないでしょうか。
タスクンさんは、「これをきっかけに、他の大勢のクルド人や在日難民申請者たちの存在に目を向けていってほしい」。ベルトランさんは、「これからは、家族3人一緒に安心して暮らしていけるということが、何より嬉しい。ジランの学校の子どもたちはじめ、たくさんの人たちの支援のお陰でえられた結果だと思う。感謝したい」。ジランちゃんは、「(日本で)勉強できることが、いちばん嬉しい」。
ジランちゃん、ベルトランさん、タスクンさんの想いを大切に受け止め、戦争の恐怖、迫害の痛み、貧困の苦しみなどを抱えて来日する人々を迎え入れ、手を取り合って、支え合って、暮らしてゆける未来の日本社会へと希望を繋いでゆきたいと思います。
17時からは、司法記者クラブにて、一家と弁護団へのマスコミによる記者会見が行われました。濱野弁護士より、在留特別許可について、1年ごとに更新でき永住権の取得にもつながるものであることや、生きていくために最も重要な国民健康保険への加入や、就労の権利が与えられることなどの説明がありました。また、さまざまな事情で祖国を離れざるをえず、来日し在留中のクルド人難民申請者が大勢いる中、わずか4人目の在留特別許可であり、家族がいるケースとしては初めてという、極めて異例の取得であったことも伝えられました。他の国籍保持者では、子どもがいる場合、人道的配慮から与えられるケースも年々増えてきてはいたが、学齢が小学生以下のケースはやはり非常に珍しいとのこと。色々な意味で、日本の難民政策史上、革新的な出来事だったのではないでしょうか。
タスクンさんは、「これをきっかけに、他の大勢のクルド人や在日難民申請者たちの存在に目を向けていってほしい」。ベルトランさんは、「これからは、家族3人一緒に安心して暮らしていけるということが、何より嬉しい。ジランの学校の子どもたちはじめ、たくさんの人たちの支援のお陰でえられた結果だと思う。感謝したい」。ジランちゃんは、「(日本で)勉強できることが、いちばん嬉しい」。
ジランちゃん、ベルトランさん、タスクンさんの想いを大切に受け止め、戦争の恐怖、迫害の痛み、貧困の苦しみなどを抱えて来日する人々を迎え入れ、手を取り合って、支え合って、暮らしてゆける未来の日本社会へと希望を繋いでゆきたいと思います。
2008年3月25日火曜日
勝利!~在留特別許可取得~
今日15時30分頃、東京入国管理局2階審判部門にて、ジランちゃん一家は在留特別許可(定住者1年)を受け取りました。在留特別許可とは、個別的事情等に配慮し、法務大臣の裁量により与えられる資格(いわゆるビザ)のこと。鳩山法務大臣は、今朝閣議後の定例記者会見にて、裁判長の和解提案を受け「人道的配慮から」、ジランちゃん一家がバラバラに国外退去とならないよう在留特別許可を出す、と発表。タスクンさんと弁護士には、昼頃東京入国管理局より、15時に受け取りのため出頭するよう連絡が入り、阿蘇代表と支援者数名も同行しました。審判部門の室内へは、一家3人と濱野・松田弁護士が入室し、20分以上の書類作成作業を経て、無事3人が、それぞれの写真が添付された許可証を1枚ずつ取得し出てきました。
ジランちゃんにとっては、突然両親を連れ去られた怖い辛い思い出の場所の入管でしたが、濱野弁護士によると、許可証を受け取った瞬間、初めて笑顔を見せたということです。4年という長い歳月を、前例から考えると勝てる見込みの極めて薄い裁判であったにもかかわらず、人権を大事にする判決を求めて、ともに闘ってきた弁護士の一人である濱野先生も、その瞬間心からほっとしたそうです。一家と弁護団は15時45分頃から入管前で記者団からのインタビュー。タスクンさん「今日ももしかしたらだめかもと思っていたが、受け取れてやっと安心した」、ベルトランさん「夢みたい、日本の一市民として、より良い社会のために貢献したい」、ジランちゃん「すごくうれしい」。
ジランちゃんにとっては、突然両親を連れ去られた怖い辛い思い出の場所の入管でしたが、濱野弁護士によると、許可証を受け取った瞬間、初めて笑顔を見せたということです。4年という長い歳月を、前例から考えると勝てる見込みの極めて薄い裁判であったにもかかわらず、人権を大事にする判決を求めて、ともに闘ってきた弁護士の一人である濱野先生も、その瞬間心からほっとしたそうです。一家と弁護団は15時45分頃から入管前で記者団からのインタビュー。タスクンさん「今日ももしかしたらだめかもと思っていたが、受け取れてやっと安心した」、ベルトランさん「夢みたい、日本の一市民として、より良い社会のために貢献したい」、ジランちゃん「すごくうれしい」。
2008年3月22日土曜日
フォト・アルバムvol.7~ほうむだいじんさま♪~
この小学校には、93人の1年生がいます。その中で、ジランちゃんは、こころがやさしくてとてもあかるい女のこです。もうすぐ1年生は2年生になります。2年生になっても、93人のままでいたいです。だから、ジランちゃんを日本にいさせてください。よろしくおねがいします。
「みんなだいじだよ!」~わたしは、このがっこうのみんながだいだいだいすきです。だから、じらんちゃんをたすけたいです。わたしはそのために、ジランちゃんをまもっています。みんなにつたえたいとおもいます。~
ジランちゃんが、にほんでいつまでもパパやママといっしょにくらせるようにしてください。パパやママとはなればなれになるのは、とてもさびしいことです。じらんちゃんのねがいをかなえてください。
ジランちゃんをたすけてください。みんなともだち!★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ジランちゃんの小学校のお友達(1年生)が書いてくれた絵手紙「ほうむだいじんさま」。21日に入国管理局を通じて提出した本紙は、カラー。写真は、ベルトランさんが控えとしてとっておいたコピー。「読むと涙が出てきます。」とベルトランさん。ジランちゃんも、「これはね、~ちゃんが書いてくれたの!あと、これはね、・・・」と、とても嬉しそう。
2008年3月21日金曜日
署名と絵手紙の提出
本日13時30分、東京入国管理局3階・難民調査部門にて、ジランちゃん一家および濱野弁護士、阿蘇代表で、署名と絵手紙の提出をしました。署名は、本日提出分が約1万3千人分で、前回提出分が約7千人分、さらに支援会内でコピー等の提出準備処理中のものも合わせると、合計で約2万3千人ほどの署名が集まっているとのこと。阿蘇代表が担当の審査官に、この問題が人道的に解決されることを、これほど多くの国民が願っていること等を懸命に訴えました。ベルトランさんによると、職員は大変真剣に話を聴いてくれ、涙ぐむ様子すら見せたそうです。タスクンさんも、こちらの話をとても真面目に聴いてくれたし、笑顔もあり感じの良い対応であった、と言っています。また署名とは別に、ジランちゃんの小学校の子どもたちからの、法務大臣宛の絵手紙も30枚ほど手渡しました。ジランちゃのクラスメートや同学年の子どもたちは、素直な感性で、ジランちゃんの立場・気持ちを思い、/ジランちゃんをたすけてください/ジランちゃんのことがだいすき、まもっていてあげる/93人の1年生全員で93人の2年生になりたい、ジランちゃんは大切な一人/おとうさんとおかあさんとバラバラになるのは、とてもさびしいこと・・・等など、同じ目線から訴えかけるすばらしい絵手紙を書いてくれました。この子どもたちの、純粋にジランちゃんの幸せを願う気持ちが、春の日差しのように、大人たちの氷の心もとかしてくれますように・・・。
3月21日入管出頭に同行しよう!
ジランちゃん一家に対し、入国管理局から出頭命令が出されました。これに従い、本日3月21日13時30分、一家は東京入国管理局(品川駅よりバス)へ出頭します。支援者は、13時15分に現地集合し、一家を応援します。応援してくださる方、関心のある方、一人でも多くの方の同行をお願いいたします!
2008年3月20日木曜日
ジランちゃんの小学校のお友達・保護者への手紙
ジランちゃんのおともだちと保護者のみなさまへ
みなさんは、1年1組のジランちゃんのことを、知っていますか。大きな目と長いまつ毛がかわいい、明るい女の子ですよね。何よりも、学校でおともだちと勉強したり遊んだりするのが大好きで、「学校を1日もお休みしたくない!」と言うほど毎日楽しく学校へ通っています。
ジランちゃん一家のことは、新聞などの報道でご存知の方もいらっしゃるでしょう。ジランちゃんは、みなさんと同じく日本で生まれ育ちました。お父さんのタスクンさんの住んでいた所では、石油がたくさん採れて、私たち日本人は大変お世話になっています。けれども、今そこでは戦争が起きていて、たくさんの人々が殺したり殺されたりしています。ジランちゃんのお父さんは、平和の国日本に「助けてください。」とやってきたのです。ところが、日本の出入り口である入国管理局は、「だめだめ、日本には入れてあげないよ、自分の国へさっさと帰りなさい。」というのです。「自分の国では、殺し合いや暴力のために、安心して暮らせないのです。どうか日本にいさせてください。」と、何度もお願いしましたが、返事は変わりません。そして、「お父さんはトルコへ、お母さんとジランちゃんはフィリピンへ、バラバラに帰りなさい。」と命令したのです。
そこで、ジランちゃん一家と弁護士さんたちは、裁判所にお願いしました。昨年11月8日、裁判長は、「(ジランちゃん一家が日本にいられるための)いい方法を見つけられるように、弁護士さんと入国管理局とで、話し合いなさい。」と言ってくれました。12月9日、ジランちゃん一家と弁護士さんで、「ぜひ、いい方法を見つけられるよう、もう一度考えてみてください。」というお手紙を、入国管理局に渡しました。全国から、1万5千人もの署名(応援してくれている人たちの名前)が集まっていることも、伝えました。
ところが、今になってもまだ、入国管理局からの返事がないのです。入国管理局は、「私たちの上にいる、法務省が決めることです。」と言っています。
次の裁判は、4月10日です。それまでに、法務省が「ジランちゃんとお父さんお母さんは、一緒に日本にいていいですよ。」と言ってくれなかったら、ジランちゃんの家族はバラバラに日本から追い出されてしまうのです。みなさんと同じ日本の小学生のジランちゃんなのに。子どもには親が絶対に必要で、「お父さんやお母さんを子どもから引き離してはいけない。」という、国際的なきまり(子どもの権利条約)もあるのに。日本は、戦争の国から逃げてきた人たちを助け、その人たちを無理やり国へ送り返しません、と世界に約束(難民条約)しているのに。日本は、石油や食べ物や色々なことで外国に助けてもらっている国なのだから、私たちだって、外国から来た困っている人たちを、助けるのがあたりまえですよね。
~ジランちゃんのおともだちのみなさんへ~
今、ジランちゃんの小学校のおともだちだからこそ、できることがあります。ほうむしょうのだいひょうの”ほうむだいじん”に、みんなでおてがみを書くのです。むずかしいことはいりません。みんなのおともだち、ジランちゃんのことを考えて、「ジランちゃんといっしょにべんきょうしたい。あそびたい。」「ジランちゃんを、たすけてください。」などのメッセージや、「ジランちゃんとわたし・ぼく」などの絵を、色もつかって自由にかいてください。そして、あなたのお名前も。ジランちゃんのおともだちもおうえんしているよって、ほうむだいじんにつたえてください。お父さんお母さんからのメッセージも、書きこんでいただいてけっこうです。できあがりましたら、まとめて「ジランちゃんをおうえんするおともだちからの、おねがいのてがみ」として、ほうむだいじんにおわたしします。きっと、みなさんの小さなやさしさが、おともだちの大きなたすけとなるでしょう。どうか、ごきょうりょくよろしくおねがいいたします。
2008年2月 ジランちゃんと家族を支える会
みなさんは、1年1組のジランちゃんのことを、知っていますか。大きな目と長いまつ毛がかわいい、明るい女の子ですよね。何よりも、学校でおともだちと勉強したり遊んだりするのが大好きで、「学校を1日もお休みしたくない!」と言うほど毎日楽しく学校へ通っています。
ジランちゃん一家のことは、新聞などの報道でご存知の方もいらっしゃるでしょう。ジランちゃんは、みなさんと同じく日本で生まれ育ちました。お父さんのタスクンさんの住んでいた所では、石油がたくさん採れて、私たち日本人は大変お世話になっています。けれども、今そこでは戦争が起きていて、たくさんの人々が殺したり殺されたりしています。ジランちゃんのお父さんは、平和の国日本に「助けてください。」とやってきたのです。ところが、日本の出入り口である入国管理局は、「だめだめ、日本には入れてあげないよ、自分の国へさっさと帰りなさい。」というのです。「自分の国では、殺し合いや暴力のために、安心して暮らせないのです。どうか日本にいさせてください。」と、何度もお願いしましたが、返事は変わりません。そして、「お父さんはトルコへ、お母さんとジランちゃんはフィリピンへ、バラバラに帰りなさい。」と命令したのです。
そこで、ジランちゃん一家と弁護士さんたちは、裁判所にお願いしました。昨年11月8日、裁判長は、「(ジランちゃん一家が日本にいられるための)いい方法を見つけられるように、弁護士さんと入国管理局とで、話し合いなさい。」と言ってくれました。12月9日、ジランちゃん一家と弁護士さんで、「ぜひ、いい方法を見つけられるよう、もう一度考えてみてください。」というお手紙を、入国管理局に渡しました。全国から、1万5千人もの署名(応援してくれている人たちの名前)が集まっていることも、伝えました。
ところが、今になってもまだ、入国管理局からの返事がないのです。入国管理局は、「私たちの上にいる、法務省が決めることです。」と言っています。
次の裁判は、4月10日です。それまでに、法務省が「ジランちゃんとお父さんお母さんは、一緒に日本にいていいですよ。」と言ってくれなかったら、ジランちゃんの家族はバラバラに日本から追い出されてしまうのです。みなさんと同じ日本の小学生のジランちゃんなのに。子どもには親が絶対に必要で、「お父さんやお母さんを子どもから引き離してはいけない。」という、国際的なきまり(子どもの権利条約)もあるのに。日本は、戦争の国から逃げてきた人たちを助け、その人たちを無理やり国へ送り返しません、と世界に約束(難民条約)しているのに。日本は、石油や食べ物や色々なことで外国に助けてもらっている国なのだから、私たちだって、外国から来た困っている人たちを、助けるのがあたりまえですよね。
~ジランちゃんのおともだちのみなさんへ~
今、ジランちゃんの小学校のおともだちだからこそ、できることがあります。ほうむしょうのだいひょうの”ほうむだいじん”に、みんなでおてがみを書くのです。むずかしいことはいりません。みんなのおともだち、ジランちゃんのことを考えて、「ジランちゃんといっしょにべんきょうしたい。あそびたい。」「ジランちゃんを、たすけてください。」などのメッセージや、「ジランちゃんとわたし・ぼく」などの絵を、色もつかって自由にかいてください。そして、あなたのお名前も。ジランちゃんのおともだちもおうえんしているよって、ほうむだいじんにつたえてください。お父さんお母さんからのメッセージも、書きこんでいただいてけっこうです。できあがりましたら、まとめて「ジランちゃんをおうえんするおともだちからの、おねがいのてがみ」として、ほうむだいじんにおわたしします。きっと、みなさんの小さなやさしさが、おともだちの大きなたすけとなるでしょう。どうか、ごきょうりょくよろしくおねがいいたします。
2008年2月 ジランちゃんと家族を支える会
ジランちゃんの小学校のみなさんの応援
12月9日提出の上申書に対し、法務省・入管からの返事がないまま、2月5日の弁論予定日は延期され、2月14日の仮放免更新も前回までと変わらず淡々と終わってしまいました。これをうけた2月17日の支援者会議で、今われわれにできることは何か?を話し合った結果、すでにあらゆる手段・方面に訴えてきたが、残るはジランちゃんの小学校の先生および友達・保護者への支援の依頼である、との結論に達しました。ベルトランさんによると、以前担任や校長先生に支援への協力をお願いしたことがあったが、あまり前向きな返事が得られなかったため、「学校関係の人たちにお願いするのは難しい」とあきらめていたとのこと。それでももう一度、学校でのジランちゃんをよく知る人たちに、彼女の置かれている状況を説明し、所属する学校や地域の支援の重要さを訴え、頼みの綱であることを分かってもらおうということになりました。
その後、ベルトランさんから紹介された、「一番仲良しのお母さん」Kさんと、何度か打ち合わせを重ねました。Kさんは、お子さんがジランちゃんと幼稚園の頃からのお友達で、親しいだけでなく、ジランちゃん一家の置かれている状況を大変よく理解し、深く共感してくださいました。そして、校長・担任および有力な役員のお母さん達に相談し、学校で支援活動できるようお願いすると言ってくださいました。数日後、Kさんからご報告があり、先生方は、「学校として支援協力するのは難しい」との立場を変えられないとのことでしたが、お母さん方は概ね協力的で、「ジランちゃんのために私たちにできるかぎりのことをやりましょう!」と動き出してくれたそうです。とはいえ、学校内での活動は許可がえられなかったため、3月5日放課後のPTA総会に出席のため来校する保護者たちに、校門前で封筒に入れたリーフレット・請願書・新聞記事・子ども用「ほうむだいじんへのてがみ」用紙・保護者宛同左依頼書を、配布する、という方法をとりました。この「ほうむだいじんへのてがみ」用紙は、ジランちゃん大好きの娘(6歳)が作成したものに、保護者への説明・依頼書を添付し、Kさんへ送付しました。Kさんの強いご希望で、書類は全て100部ずつコピーしてくださり、封筒もご提供くださいました。
多大なご尽力への感謝を伝えた私に、Kさんが言ってくださった言葉です:
「私たちは、ジランちゃんを助けようとしてはいるのだけれど、本当はそのことで、私たちのほうがとても大切なものを与えてもらっている気がします。」
Kさんは相当すごい人だ!と感心したのと同時に、こんなすごい”ママ友”をもつジランちゃんママのすごさに頭が下がりました・・・。
その後、ベルトランさんから紹介された、「一番仲良しのお母さん」Kさんと、何度か打ち合わせを重ねました。Kさんは、お子さんがジランちゃんと幼稚園の頃からのお友達で、親しいだけでなく、ジランちゃん一家の置かれている状況を大変よく理解し、深く共感してくださいました。そして、校長・担任および有力な役員のお母さん達に相談し、学校で支援活動できるようお願いすると言ってくださいました。数日後、Kさんからご報告があり、先生方は、「学校として支援協力するのは難しい」との立場を変えられないとのことでしたが、お母さん方は概ね協力的で、「ジランちゃんのために私たちにできるかぎりのことをやりましょう!」と動き出してくれたそうです。とはいえ、学校内での活動は許可がえられなかったため、3月5日放課後のPTA総会に出席のため来校する保護者たちに、校門前で封筒に入れたリーフレット・請願書・新聞記事・子ども用「ほうむだいじんへのてがみ」用紙・保護者宛同左依頼書を、配布する、という方法をとりました。この「ほうむだいじんへのてがみ」用紙は、ジランちゃん大好きの娘(6歳)が作成したものに、保護者への説明・依頼書を添付し、Kさんへ送付しました。Kさんの強いご希望で、書類は全て100部ずつコピーしてくださり、封筒もご提供くださいました。
多大なご尽力への感謝を伝えた私に、Kさんが言ってくださった言葉です:
「私たちは、ジランちゃんを助けようとしてはいるのだけれど、本当はそのことで、私たちのほうがとても大切なものを与えてもらっている気がします。」
Kさんは相当すごい人だ!と感心したのと同時に、こんなすごい”ママ友”をもつジランちゃんママのすごさに頭が下がりました・・・。
2008年2月15日金曜日
バレンタインデー入管出頭
昨日2月14日10時、タスクンさんベルトランさんは、仮放免更新のため東京入国管理局へ出頭しました。裁判長の示唆した「話し合い解決の勧め」を受け、何らかの前進が見られるのか否か・・・本人たちはもちろん、支援者たちも期待と不安でいっぱいでした。阿蘇代表と百人町教会のみなさん、河合塾コスモ卒業の大学生、先日のICU大学でのタスクンさんの話を聴き駆けつけた大学生、KAFINのOさんら計15名程が、応援のため同行しました。一同は、品川駅よりバスだったようですが、私たちは、りんかい線天王洲アイル駅より歩いて行きました。近づいてくると、倉庫群の間から濃い灰色のX形のビルが姿を現します。正面玄関前には、すでに出頭前のタスクンさんたちへのインタビューを済ませた、新聞・TV等のマスコミ6~7社が、待機していました。中へ入りエレベーターで6階へ上り、審判部門へ。ちょうど10時頃になっていました。タスクンさんらの姿が見当たらず、少し焦って廊下を右往左往していると、ドアガラス越しに見つけたのか、タスクンさんが部屋から出てきてくれました。すでに必要書類を提出し、審査結果を待っているところでした。表面上はいつもどおりの明るい笑顔のタスクンさん。そして、入れ替わりに出てきてくれたベルトランさんは、不安な日々を過ごし少し疲れた様子でした。12月9日に弁護団が上申書を提出して以来、2ヶ月以上入管からの回答が無いまま、どんな思いで過ごしたのでしょうか。そして10時20分頃、タスクンさんが呼ばれ、係員からいつもどおり2ヶ月の仮放免延長が告げられあっけなく終了。すぐにタスクンさんが携帯で濱野弁護士に報告。「今日何か前進があるかもと思ったが・・・」と落胆の本人・支援者たちに、「ちゃんと一歩ずつ進んでいるから大丈夫。」と濱野弁護士。エレベーターで1階ロビーに戻ると、待ち構えていた支援者たちに囲まれる。「せっかくみなさんに一緒に来ていただいたのに・・・」と涙ぐむベルトランさん。二人はひき続き、寒風の中建物外でのマスコミの撮影・取材に応じる。興味を持ってくれる記者も増えてきたようだが、ぜひとももっともっと多くの人々がこの問題に関心を持つよう、良質な記事や報道をと、切に願います。次回の口頭弁論が4月10日、その直後の4月14日が次回出頭日となりました。この期間、裁判長の事実上の和解勧告にも関わらず、入管が回答を引き延ばせば引き伸ばすほど、より多くの人々がジランちゃん一家に対して共感を寄せ、また我々が支援の輪をさらに大きく広げてゆくことになるのは、たしかです。今週末17日(日)、百人町教会にて、支援者会議を行います。みなさんぜひ、ご参加下さい。
2008年2月14日木曜日
2008年2月9日土曜日
2月14日入管出頭同行者募集!
タスクンさん・ベルトランさんは、2月14日(木)10:00、品川の東京入国管理局に、仮放免更新手続きのため出頭します。このときに、入管が11月8日の裁判における裁判長の事実上の和解勧告をうけ、何らかの前向きな処遇をするのか、あるいはそうでないのか。弁護団が12月19日提出の上申書に対し、無回答のままの入管のこの日の対応に、タスクンさんたちとともに支援者一同、しっかりと目を光らせ注目したいと思います。いずれにせよ、ジランちゃん一家にとって重要な日となるはずです。当日はぜひ、できるだけたくさんのみなさんに同行していただきたく、お願い申し上げます。タスクンさんたちと支援者は、9:30に東京入国管理局正門前に集合し、10:00前頃同局審査部門を訪れます。アクセスは、JR品川駅東口から都バス「東京入国管理局前」下車。または、東京モノレール「天王洲アイル」南口・りんかい線「天王洲アイル」A出口から徒歩15分。ご協力、よろしくお願いいたします!
2008年2月4日月曜日
2008年2月2日土曜日
2008年2月1日金曜日
フォト・アルバムvol.5
ICU大学生グループ"Love Walk"が「ジランちゃん一家を応援しよう!ベイクセール」(1/25)で販売していた手作りクッキー。あまりにかわいくおいしいので、一袋、ジランちゃんにも送り、食べてもらいました!
ICU大学での、「難民申請者の声を聞く会」(2/1)で、学生たちに話をするタスクンさん。祖国でのクルド人の状況、日本の入管収容所での体験など、ショッキングな内容もあり、学生たちは真剣に聞き入る。
「僕は3年しか学校行ってない。新聞や本で歴史や政治やいろんなこと勉強してきた。僕なんかがちゃんとした学校教育受けてたら、きっとこんな所ではなく、どこかの国の大統領かなんかになってみんなの前に出てきてたはずだよ。みなさんは、ちゃんとした教育を受けてきた若者。そういうみなさんが、僕らを凶悪犯罪者か動物のように扱う、こういう日本の現実をどう思うのか。どうしたいのか。色んな人に会い、色々経験し、考えていってください。」
2008年1月31日木曜日
クルド人難民申請者タスクンさんの声を聞く会
2月1日(金)、1時~2時半、ICU大学シーベリー・チャペルにて。大学宗務部主催。参加費無料。どうぞみなさん、タスクンさんの生の声を是非聞きにいらしてください!
2008年1月30日水曜日
広がっています、支援の輪!(女性編)
★昨年11月初旬に訪れ支援協力をお願いした武蔵野YWCA。ベルトランさん同様、子を持つ方たちも多く、深く共感してくださいました。「国際協力や外国人支援活動などやってきたが、在日難民のことは、まだあまり知られていない最先端の問題で、これからどんどん取り組む必要がある。応援します。」「YWCAメンバーだけでも、軽く100名くらいは署名集まりますよ!」などの大変温かい励ましをいただきました。★メガロス小金井のフラメンコグループのみなさん。老人施設等でのボランティア公演など精力的に行っていて、「大好きなフラメンコ・パワーで誰かを元気にしたい!」という情熱派。ジランちゃんのことも大変こころよく「私たちで何かお役に立てるなら喜んで・・・」と署名協力してくださいました。★3人のお子さんを持つお母さんMさん。お子さんを通じた広いネットワークを駆使して、お一人で130筆もの署名を集めてきてくださいました。ベルトランさんと同じ小さな子を持つお母さんとして、深い部分で共感され、他のたくさんのお母さん方に一生懸命にお伝えくださっていました。★学芸大に通う韓国からの留学生Nさん。同じ在日外国人としての共感や、国籍を超えた友好関係を広げたい思いもあったのでしょうか。忙しい大学での勉強の合間をぬって、裁判を傍聴支援くださったり、ご友人を中心にたくさん署名も集めてくださいました。★中学1年生のAちゃん。お母さんからジランちゃんの話を聞いて、「友達にも話して、署名してもらおう」と自分で決めて、行動しました。学校の親しいお友達に一人ひとり順番にお願いし、保護者の方にも伝えてもらってから協力してもらいました。色々難しいこともあったようですが、ベルトランさんからお礼のお手紙をもらい、「意味あることができたんだ」ととても喜んでいました。ジランちゃんたちだけでなく、まわりの大人たちにも勇気をくれた、Aちゃんの将来がとても楽しみです!
広がっています、支援の輪!(若者編)
昨年12月初旬、ICU大学のY先生のご紹介で、ユニセフの活動をしている学生グループ"ICU Love Walk"のみなさんと、指導にあたられている先生方の集まりに呼んでいただき、ジランちゃんのことをお話してきました。世界のさまざまな境遇の子どもたちが背負う、過酷な現実に対し、何か自分たちにできることをしよう!と普段から取り組んでいる方々だったので、在日難民申請者として助けを必要としているジランちゃん家族のことも、真剣に話を受け止めて、署名支援に対しても積極的な反応を示してくださいました。その後、とくに連絡を取り合うこともなかったのですが、先週1月25日にキャンパス中心部で、「ジランちゃん一家を応援しようベイク・セール」をするとの大変嬉しいお知らせをいただきました。当日出店場所では、学生さんたちが、寒空の下元気な呼び声を響かせて、心のこもった手作りお菓子を一生懸命に売っていました。中心となった学生さんは、「お話を聞いて、今ジランちゃんたちのために、自分たちにできることは何だろう?って考えて、ベイク・セールで支援金を作ること、買ってくれた人たちにこの問題についてチラシで伝えることを思いつきました。」と教えてくれました。若者たちの、しなやかな感性、優しさと情熱、さわやかな行動力に、深く感動し、元気をもらいました。おいしくてかわいらしいケーキやクッキーの詰め合わせ計60袋が、ランチタイムの間に飛ぶように売れ、完売しました。代表Sさんはじめ、ICU Love Walkのみなさん、先生方、セールを訪れてくださったみなさん、本当にどうもありがとうございます!
2007年12月30日日曜日
2007年12月22日土曜日
さいばん・どっち♪
あおちゃんとやよいちゃんはだいのなかよし。どれくらいなかよしかって・・・いつも、どんなにちいさなことでも、おかあさんにもいってないことでも、ふたりでおはなししています。だから、ふたりはおたがいのだいすきなものや、とってもたいせつなものが、ちゃんとわかるんです。そのひは、ようちえんのバスえんそくでした。かえりのバスのなかで、ほかのおともだちはつかれてぐっすりねむっているというのに、ふたりはならんでしんけんにおはなししています・・・。
やよい(おいのりのてで) 「ジランちゃんのさいばん、どうかかちますように。かちますように・・・。」
あお 「え、やよいちゃん、ジランちゃんのさいばんのこと、おうえんしてくれてるの?」
やよい 「うん、そうだよ。おかあさんいってたよ。きょう、さいばんなんでしょ。」
あお 「うん。わたしのおかあさん、おうえんにいったんだ。」
やよい 「わたしね、まだジランちゃんとおはなししたことないけど、ジランちゃんはあおちゃんのたいせつなおともだちでしょ。だからぜったいに、さいばんかつようにっておうえんしてるんだ。」
あお 「ありがとう。わたしも、ジランちゃんが、おとうさんとおかあさんといっしょに、ずっとにほんにいら れるようになってほしいんだ。」
やよい 「じゃあ、いっしょにかみさまにおいのりしよっか。」
あお 「うん、しよう!」
ふたり(おいのりのてで) 「ジランちゃんのさいばん、どうかかちますように。かちますように・・・!」
せんせい 「あおちゃんとやよいちゃん!もうみ~んな、つかれてねむってるのよ。もうすこししずかに してくれる?」
ふたり 「は~い・・・。」
やよい 「しかたない、ねるか。」
あお 「うん、しかたない、ねるか。」
おしゃべりをやめるとまもなく、やよいちゃんのあたまがあおちゃんのあたまにごっつんこ。ふたりはあたまをくっつけたまま、なかよくねむりました。
そして・・・。
あお 「おかあさん、ただいま!」
おかあさん 「おかえり、あおちゃん。えんそく、たのしかった?」
あお 「うん、すっごく。ねえねえ、おかあさん、ジランちゃんのさいばん、かったの?まけたの?」
おかあさん 「え?さいばん、かった、まけた?・・・ああ、そうね。さいばんはね、あいこだったのよ。」
あお 「え?さいばんにもあいこ、あるの?」
おかあさん 「そうよ。おかあさんも、みんなもびっくりしたんだけどね、さいばんちょうが、『ジランちゃん たちがにほんにいられるように、いいほうほうをみつけられるように、よおくはなしあってみてごらん』っ ていったのよ。」
あお 「じゃあ、ジランちゃんまけなかったんだね。」
おかあさん 「そう。まけなかった。なかよくあいこだったのよ。」
あお 「よかったあ!あした、やよいちゃんにおしえてあげるんだ!」
おかあさん 「え?やよいちゃんに?おしえてあげるの?」
あお 「うん、そうだよ。だってね、やよいちゃんがね、きょうね、・・・。」
やよい(おいのりのてで) 「ジランちゃんのさいばん、どうかかちますように。かちますように・・・。」
あお 「え、やよいちゃん、ジランちゃんのさいばんのこと、おうえんしてくれてるの?」
やよい 「うん、そうだよ。おかあさんいってたよ。きょう、さいばんなんでしょ。」
あお 「うん。わたしのおかあさん、おうえんにいったんだ。」
やよい 「わたしね、まだジランちゃんとおはなししたことないけど、ジランちゃんはあおちゃんのたいせつなおともだちでしょ。だからぜったいに、さいばんかつようにっておうえんしてるんだ。」
あお 「ありがとう。わたしも、ジランちゃんが、おとうさんとおかあさんといっしょに、ずっとにほんにいら れるようになってほしいんだ。」
やよい 「じゃあ、いっしょにかみさまにおいのりしよっか。」
あお 「うん、しよう!」
ふたり(おいのりのてで) 「ジランちゃんのさいばん、どうかかちますように。かちますように・・・!」
せんせい 「あおちゃんとやよいちゃん!もうみ~んな、つかれてねむってるのよ。もうすこししずかに してくれる?」
ふたり 「は~い・・・。」
やよい 「しかたない、ねるか。」
あお 「うん、しかたない、ねるか。」
おしゃべりをやめるとまもなく、やよいちゃんのあたまがあおちゃんのあたまにごっつんこ。ふたりはあたまをくっつけたまま、なかよくねむりました。
そして・・・。
あお 「おかあさん、ただいま!」
おかあさん 「おかえり、あおちゃん。えんそく、たのしかった?」
あお 「うん、すっごく。ねえねえ、おかあさん、ジランちゃんのさいばん、かったの?まけたの?」
おかあさん 「え?さいばん、かった、まけた?・・・ああ、そうね。さいばんはね、あいこだったのよ。」
あお 「え?さいばんにもあいこ、あるの?」
おかあさん 「そうよ。おかあさんも、みんなもびっくりしたんだけどね、さいばんちょうが、『ジランちゃん たちがにほんにいられるように、いいほうほうをみつけられるように、よおくはなしあってみてごらん』っ ていったのよ。」
あお 「じゃあ、ジランちゃんまけなかったんだね。」
おかあさん 「そう。まけなかった。なかよくあいこだったのよ。」
あお 「よかったあ!あした、やよいちゃんにおしえてあげるんだ!」
おかあさん 「え?やよいちゃんに?おしえてあげるの?」
あお 「うん、そうだよ。だってね、やよいちゃんがね、きょうね、・・・。」
2007年12月20日木曜日
東京入管への上申書提出
昨日の12月19日午後、弁護団は先の公判における寺田裁判長の「暫定的な解決策の可能性も含めて両者で話し合ったらどうか」という勧告に則り、品川の東京入国管理局に上申書を提出しました。内容は、一家ばらばらの国外退去命令を一刻も早く取り消して、在留特別許可を一家に与えるよう、改めて求めたものでした。ジランちゃん一家が地域社会に深くとけ込んでいること、15000筆あまりの署名支援をうけていること、命令発令時から現在までの状況に変化があること等が併せて盛り込まれました。
曇り空で昼過ぎになっても気温が上がらず冷たい海風も吹く中を、予定の時刻よりずっと前から正面前で横断幕を掲げて支持を訴えるジランちゃん一家や支援者たちの周りには、既にマスコミ数社(NHK国際部、日テレ、TBS等)が詰め寄せていました。取材陣は、ジランちゃんの思いや表情を捉えようとずっとカメラを回し、マイクを向けてインタビューを試みていましたが、取り囲まれた異様な雰囲気の中、4年前突然に両親と引き離され心に深い傷を負ったこの場所で、ジランちゃんは文字通り凍りついたように顔も体もこわばらせていました。
予定の午後1時30分、一家と弁護団ならびに支援者は取材陣を後に入館し、6階の申請所へと向かいましたが、ここで予想もしなかったことが待っていました。受付で大橋弁護士が担当の主席審査官への面会を求めると、なんと対応した女性職員から同氏が休みであること、さらに上申書提出の件については申し送りもないことを告げられたのです。事前にアポをとって来ているというのに、出直しさせられたのでは堪りません。更に大橋弁護士が説明をして、やっと確認してもらえることになったのですが、こんな書類提出というきわめて事務的なことさえスムーズに事が運ばないこと自体が、日本の入国管理行政の実態を象徴していると憤慨させられました。
そんなわけでしばらく待合所に待たされることになった私たちでしたが、ガラスで囲まれた遊具コーナーで一人疲れきったように眠っている少女を眺めながら、ジランちゃんはぼそりと「私も前はここでよく遊んだんだ。」と教えてくれました。そのすぐそばの大きな窓からは、ビルとビルの間から寒々とした品川埠頭の人工的な景色が見え、それがまるでここで待つ子どもたちの心象風景にも思えてきて、とても切なくなりました。いたいけな子どもたちが、たとえどんな理由があろうとも決して放り出されることのない、人の温もりの中で安心して暮らしていける国を私たちは絶対に作っていかなければならないと、このとき改めて思いました。
本省と連絡を取ったらしく、20分ほどして書類は受理され、やっとこの日の目的は達成されたのですが、なんとも言えない後味の悪さを覚えました。この巨大な「国」という壁に、私たちはいかに挑んでいけばいいのでしょうか。ここ数日ずっと報道されている薬害肝炎訴訟での被害者全面救済の要望に対する政府の冷たい対応は、私たちの相手がいかなる存在か如実に示しています。だからこそ、私たちはいま原点に返って、ジランちゃん一家の幸福と平和のために、手と手を携え声を合わせて訴え続けていきたいと思います。このクリスマスの季節、私たちの声がきっと天にも届くようにと祈りながら。
★TBSニュースで報道された現場の模様は、姉妹ブログ「ジランちゃんが家族と安心して日本で暮らせるように」にて、TBSサイトでご覧いただけます!
曇り空で昼過ぎになっても気温が上がらず冷たい海風も吹く中を、予定の時刻よりずっと前から正面前で横断幕を掲げて支持を訴えるジランちゃん一家や支援者たちの周りには、既にマスコミ数社(NHK国際部、日テレ、TBS等)が詰め寄せていました。取材陣は、ジランちゃんの思いや表情を捉えようとずっとカメラを回し、マイクを向けてインタビューを試みていましたが、取り囲まれた異様な雰囲気の中、4年前突然に両親と引き離され心に深い傷を負ったこの場所で、ジランちゃんは文字通り凍りついたように顔も体もこわばらせていました。
予定の午後1時30分、一家と弁護団ならびに支援者は取材陣を後に入館し、6階の申請所へと向かいましたが、ここで予想もしなかったことが待っていました。受付で大橋弁護士が担当の主席審査官への面会を求めると、なんと対応した女性職員から同氏が休みであること、さらに上申書提出の件については申し送りもないことを告げられたのです。事前にアポをとって来ているというのに、出直しさせられたのでは堪りません。更に大橋弁護士が説明をして、やっと確認してもらえることになったのですが、こんな書類提出というきわめて事務的なことさえスムーズに事が運ばないこと自体が、日本の入国管理行政の実態を象徴していると憤慨させられました。
そんなわけでしばらく待合所に待たされることになった私たちでしたが、ガラスで囲まれた遊具コーナーで一人疲れきったように眠っている少女を眺めながら、ジランちゃんはぼそりと「私も前はここでよく遊んだんだ。」と教えてくれました。そのすぐそばの大きな窓からは、ビルとビルの間から寒々とした品川埠頭の人工的な景色が見え、それがまるでここで待つ子どもたちの心象風景にも思えてきて、とても切なくなりました。いたいけな子どもたちが、たとえどんな理由があろうとも決して放り出されることのない、人の温もりの中で安心して暮らしていける国を私たちは絶対に作っていかなければならないと、このとき改めて思いました。
本省と連絡を取ったらしく、20分ほどして書類は受理され、やっとこの日の目的は達成されたのですが、なんとも言えない後味の悪さを覚えました。この巨大な「国」という壁に、私たちはいかに挑んでいけばいいのでしょうか。ここ数日ずっと報道されている薬害肝炎訴訟での被害者全面救済の要望に対する政府の冷たい対応は、私たちの相手がいかなる存在か如実に示しています。だからこそ、私たちはいま原点に返って、ジランちゃん一家の幸福と平和のために、手と手を携え声を合わせて訴え続けていきたいと思います。このクリスマスの季節、私たちの声がきっと天にも届くようにと祈りながら。
★TBSニュースで報道された現場の模様は、姉妹ブログ「ジランちゃんが家族と安心して日本で暮らせるように」にて、TBSサイトでご覧いただけます!
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